2016年10月05日

10月5日発売『借り暮らしのご令嬢』、刊行記念SS公開です!!

10月5日発売、江本マシメサ先生の新作借り暮らしのご令嬢
刊行を記念して、書き下ろしSSを公開します!
(本編を読了後、お楽しみくださいませー)

*新シリーズ刊行記念SS************* 
結婚とは、人生のーー』
 

 昼休み、昼食を終えた隊員達は休憩所に集い、寛いでいた。
 テーブルの上には差し入れのお菓子と新聞が広げられており、それを見ながら会話をして過ごすのが常である。
 本日のお菓子は、林檎をバターと砂糖でキャラメリゼしたパイ。
 皆、がっつりと食事を済ませたばかりなのに、別腹だと言って食べていた。
 部屋の隅で腕を組み、壁に寄りかかっていたベルナールにも、パイが勧められる。
「オルレリアン副長、オードランの奥さんが作ったお菓子、美味いですよ」
 満腹感はあったものの、わざわざ紙に包んで持って来てくれたので、受け取って齧りつく。
 表面のキャラメリゼはパリッとした食感で、じっくり煮込んだ林檎の甘味とほどよい酸味、バターの香ばしい風味が口の中に広がる。
 同僚の奥方が作ったパイは、お腹が満たされていてもどんどん食べ進められることができる極上の仕上がりだった。
 新婚のオードランが、最近ふっくらとしてきた理由も納得してしまう。
 ベルナールの二つ下の若い騎士が、林檎のパイを食べながら呟く。
「いいですよね~こんな美味しいお菓子を作ってくれる奥さんがいて。結婚したくなります」
 その発言に、既婚者の隊員達の表情が強張る。
 皆、すぐに我に返り、口々に忠告をはじめる。
「お前、まだ若いんだから、早まるなって!」
「そうだそうだ。あと十年は自由の身でいたほうがいい」
「一つだけ言えることは、嫁は慎重に選べ。自分で決めずに、ラザール隊長に任せておけば、より間違いないぞ」
 オードランもラザールの紹介で結婚をした。
既婚者の隊員達は、隊長に紹介してもらえばよかったと、悲愴感溢れる表情で続ける。
「でも、家に帰って奥さんが料理を作って待ってくれるのは、いいことじゃないですか」
「若者よ、現実はそんなに甘くはないのだよ」
 経験者は語る。
「まず、給料は全額献上、お小遣いは頼み込んでもらうことになる」
「え、自分で稼いだお金なのに?」
「ああ、そうだ」
「なんだか、理不尽ですね」
「それだけじゃない」
「え?」
 休日、疲れて眠っていればだらしがないと叩き起こされ、家の手伝いをやらされる。
 歯向かったり喧嘩をしたりすれば、家事のボイコットが始まり、日常生活に支障をきたす。
 長期の遠征があれば、不在を大変喜ばれる――などなど、結婚生活あるあるを独身者に語って聞かせていく。
「どうだ、酷いものだろう」
「まるで奴隷ですね」
 一様に落ち込む既婚者達。それを見て、夢がないとつぶやく独身者。
「そういえば、オルレリアン副長は貴族様なので、そろそろ結婚適齢期ですよね?」
 平民とは違い、貴族には結婚をしなければならない時期がある。
 隊内で数少ない貴族の一人であるベルナールも、その結婚適齢期を迎えていた。
「やっぱり、婚約者とはいるのでしょうか?」
「いない。そういうのは、一部の大貴族だけで、下っ端貴族はあまり気にしていない」
「へえ、そうなのですね」
 一人の騎士が「そういえば」と話を始める。
「前に、侍女の子にオルレリアンを紹介してくれと言われていたんだった」
 その侍女は第三王女に仕えており、身分は男爵家の娘。「どうする?」と聞かれたベルナールは、「どうもしない」と答える。
「会わないってことか。もったいないな。彼女、金持ちだし、結構美人だよ?」
「忙しいから、今はそういうことを考えていない」
「会って話すだけならタダなのに」
 侍女の名が明かされると、有名な美人だったようで、他の独身隊員達が口々に紹介してくれと乞う。
「紹介を頼まれたのはオルレリアンだけだ。身持ちが硬い奴だから、彼以外はきっと会ってくれないと思う」
 それを聞けば、ベルナールに嫉妬の視線が集まる。
 仕方がないので、溜息交じりに弁解のようなものをすることに。
「いや、さっきの結婚生活の話を聞いて、女性と仲良くなろうとは思わないだろう」
 もてない騎士達は、「確かに!」と真面目な顔で頷く。
 なんとか角が立たない方向へ持っていけたと、安堵するベルナールであった。

 同時に、やっぱり結婚は恐ろしいものだと、戦慄を覚えてしまう。

 ◇◇◇

 今日も一日、厳しい訓練を終え、終業後に書類仕事をこなしてから帰宅する。
 私室でエリックから一日の報告を聞き、届いた手紙に目を通していると、キャロルとセリアが薬箱を持ってやってきた。
「なんだ?」
「兄より手を怪我していると報告がありました」
「治療をさせていただきます」
「はあ?」
 指摘されて、はじめて思い出す。夕方の訓練で、手の甲に切り傷を作ってしまったことを。
 傷薬を手に、ベルナールを見据えるキャロルとセリア。ベルナールは立ち上がって治療を拒否する。
「いい! 放っておけば治る!」
「だめですよ」
「だめだめです」
 ベルナールは後退し、双子の治療を拒絶する。
「逃げちゃだめです」
「痕が残りますよ」
「傷痕があるのは、今に始まった話じゃないだろうが」
 薬嫌いのベルナールは、にじり寄るキャロルとセリアから逃げるが、すぐに壁際に追い詰められてしまった。
「さあ、観念するのです」
「すぐに、楽になれますよ」
「いいと言っているだろう!」
 そう叫んだ刹那、扉がトントンと叩かれる。
 ここでジジルが来たら詰む。そう思って返事をしなかったのに、キャロルとセリアが入るように、勝手に返事をしてしまった。
「お前ら、ここを誰の部屋だと――」
「失礼いたします」
 扉を開けたのは、アニエスだった。
 とりあえず、ジジルではなかったのでホッと安堵するベルナール。
 壁に追い詰められている姿を見て、アニエスは小首を傾げていた。
 キャロルとセリアは、ベルナールの治療拒否を報告する。
「アニエスさんからも、なんとか言って下さい」
「よろしくお願いいたします」
 アニエスが「まあ」と驚いた顔をしていると、時計の鐘が鳴る。
 それは、双子の勤務時間終了を告げるものであった。
 「あとは頼む」と、深々頭を下げ、部屋を辞するキャロルとセリア。
 二人きりとなった部屋は、シンと静まりかえる。
「えっと、ご主人様」
「……なんだ」
「わたくし、この前、お薬を作りまして」
 アニエスはポケットに忍ばせていた、傷薬の軟膏が入った缶を取り出して見せた。
「この前使ってみたのですが、沁みませんし、治りも早くて――」
 だから、塗布をさせてくれないかと、上目遣いでお願いをしてくる。
「ご主人様」
 眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべるアニエス。
ベルナールはなんだか悪いことをしているように思い、仕方がないと治療に応じることにした。
「ありがとうございます!」
 長椅子に腰かけ、薬の塗布を開始する。
 アニエスは左手でベルナールの手のひらを支え、右手でゆっくりと軟膏を塗っていく。
 彼女の言うとおり、薬は沁みなかった。
 昔、領地で売っていた傷薬は薬草の匂いがきつく、また酷く沁みる物だったので、苦手に思っていたのだ。
 その意識を大人になった今でも引きずっていたために、大の薬嫌いとなったのだが。

 薬の塗布が終われば、アニエスは安堵したような笑みを浮かべる。
 思わずその表情に見とれたが、すぐにハッとなった。
 そこで、ベルナールは気付く。

 ――俺、なんでこいつには逆らえないんだ!?

 そういえば、今までもこのパターンだったと振り返る。

 理由はわからない。けれど、彼女が困っている様子を目の当たりにすると、どうしても強い態度にでることができなくなるのだ。

 ベルナールは思う――もしも、アニエスと結婚するようなことになったら、大変なことになると。
 そんなことを考えて、いやいやありえないと首を横に振った。

 『結婚とは人生の落とし穴である。一度落ちたら二度と這いあがれない』

 ふと、誰かが言っていた言葉が記憶から蘇ってくる。
 自分が逆らえない女性を娶れば、結婚生活は悲惨なことになるだろうと想像し、密かに震えるベルナールであった。
 
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『借り暮らしのご令嬢』には、書き下ろし短編「ジジルの日記帳」と、2016念10月下旬発売予定の『悪辣執事のなげやり人生』(アルファポリス)のコラボ短編も特別収録です!
 
発売日は、10月5日(水)
ラブ溢れる新作、ぜひチェックしてみてください! 


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江本 マシメサ
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